2013年12月18日水曜日

HCD研究発表会2013

12月13日(金)にHCD-Net主催のHCD研究発表会が東海大学高輪キャンパスにて開催されました。このイベントは人間中心設計(HCD)、ユーザーエクスペリエンス(UX)、ユーザビリティ等に関する専門の研究発表会で、2009年から毎年開催されています。今年も多くの応募があり、口頭発表22演題、ポスターセッション6演題の発表で、120名を超える参加者だったようです。演題数が多かったためパラレルセッションとなり、半分近くの発表を聞けなかったのは残念でしたが、フロアからの質問やコメント/アドバイスも多く、とても盛会で、有意義でした。ここでは私が聴講できた発表の一部をご紹介します。
【イベント概要】http://www.hcdnet.org/event/hcd2013_1.php

●「アイディア発想ワークショップに基づくインタフェースシステムの提案」
KDDI研究所の矢崎智基氏による発表で、研究開発の領域においてのアイディア発想ワークショップ活用事例でした。イノベーティブな製品やサービスの提案にHCD視点でのワークショップが注目されていることから、それを実践して有効性を確認できた、という結論でした。2ヶ月にわたるワークショップから44のアイディアが創出されたことが報告され、すばらしかったのは、その中から選出したアイディアをシステムに落とし、ワーキングプロトタイプを作成、そして評価・検証まで実施したことで、研究所ならではのアウトプットだったと思います。システム要件を明確にし、要素技術を特定し、インタフェースを実感できるシステムを構築し、そのデモも紹介いただきました。プロトタイプのレベルはいろいろありますが、インタフェースデザインではコンテクストに応じた操作感やレスポンスタイムがUXに大きく影響しますので、今回のような操作を体感できるプロトタイプを作成する意義を確認できるよい事例だったと思います。

●「医療機器における患者と対面しながらの測定での親和性に対応したデザイン」
プロダクトデザイナーの三枝樹成昭氏から、人間中心設計に基づいた医療機器のデザイン事例の発表でした。デザイン対象は眼鏡店や眼科医院にて視機能を測定する機器で、検査を受ける患者と検診者の両者にとって気持ちよく使えるデザインを検討したアプローチとデザイン提案についての紹介でした。視機能を測定する機器は、一般に検診者と患者が機器を挟んで対峙する位置関係で検査を実施しますが、三枝樹氏は、検診者と患者がよりコミュニケーションしやすい位置関係、距離感を検討し、検診者用の表示LCDを可動式にした新しい機器デザインを提案し、その有効性をアピールされました。

●「評価の初心者に向けたユーザビリティ評価手法の提案〜映像へのコメント挿入による気づき共有手法〜」
私の研究室(芝浦工業大学)の4年生・川合俊輔君が卒業研究で取り組んでいる研究発表でした。ユーザビリティ評価を実施するためには、経験やスキルが必要ですが、開発の現場などではエンジニアや入社間もない新人などが評価を行うことも必要となります。よって経験やスキルがない方でも、ある程度の信頼性のあるユーザビリティ評価結果が得られる評価手法を検討・提案しました。インスペクション法にユーザビリティテストの要素を取り入れ、2名の評価初心者がペアになって実施し、評価中に撮影したビデオを見返しながら、その映像にコメントを挿入していくという回顧法をベースにした手法の提案です。提案した方法を実際に初心者12名に対して実施してもらった結果、その効果が認められたことが報告されました。現在、そのマニュアルやツールの作成に取り組んでいます。

●「利用品質メトリクスSIGの発足」
小樽商科大学の平沢尚毅先生よりHCD-NetのSIG(Special Interest Group)活動が紹介されました。私も立ち上げ時からコアメンバーとして参加しているSIGで、今年の7月にスタートし、すでに数回のワークショップ、国際規格(ISO 9241-210、ISO/IEC 2506x、SQuaREシリーズ等)の解説セミナーなどを実施し、現在、50名を超えるメンバーが活動しています。東海大学、芝浦工業大学の学生の協力もあって、「測ってしまおう!」プロジェクトにて、Android端末、iPhone端末の不満点からメトリクス候補を抽出するワークショップなどを実施しています。

●「人間中心設計プロセス実践と阻害要因 企業調査(2012年)」
観察工学・サービス工学研究会において行った企業調査の結果と考察をシスメックスの水本徹氏から紹介がありました。企業における人間中心設計(HCD)プロセスの実践度合いとそれらを推進するための阻害要因について、2009年に行われた先行研究と同じ調査を2012年に実施し、その違いについての報告、考察でした。社内にHCDという考え方は浸透してきましたが、効果がわかりやすい試作機のユーザビリティ評価に活用が固定化されてきたこと、UXのために重要な上流での実践度が下がっていることなどが報告されました。また、先行研究では導入効果についての分析が主であったことから、水本氏らの研究では、阻害要因を取り除き導入を促進するための方策について検討し、4つの視点から合計12の方策を提案されました。

●「エンタープライズシステムのユーザエクスペリエンスを向上させるコラボレーティブデザイン手法の提案」
NECデザイン&プロモーションの安浩子氏は社内でUX向上に取り組まれており、そのための新しい手法の提案に関する発表でした。特にエンタープライズシステムにフォーカスし、UXデザイナーとエンジニアが協業するUXオブザベーションツアーとUXアイディアマッピングという2つの手法の有効性を示されました。前者はユーザー調査フェーズで活用する観察手法のひとつであり、半日程度で実施できる効率のよい調査手法と感じました。後者は調査結果を利用し、アイディア展開を段階的に行っていく手法でした。これらをすでに7つシステム開発等で活用された実績があるとのことで、その効果のポイントを紹介されました。

●「UX定量化を利用した投資対効果のアピール実践手法」
NECソフトの森口昌和氏は、UX向上のための手法において定性的なものでは、投資行動になかなか結びつかないということから、定量的にアピールすることに取り組まれています。勤務管理システムを対象に、定性的な評価に加えて、操作ログから「イライラ」に該当する行動を可視化することを行い、特に管理部門への説得に効果があったという発表でした。ユーザビリティやUXの効果的な定量化は永遠のテーマですが、着実に次のステップにチャレンジされていて今後の成果の発表も楽しみになりました。

●「研究開発における人間中心設計手法の活用」
デンソーの中村耕治氏による研究開発へのHCDの活用事例に関する発表でした。自動車の自動運転をテーマとし、ペルソナ作成、エクスペリエンスマップ、プロトタイピングなど一通りのHCD手法を駆使されて、その効果を紹介されました。興味深かったのはプロトタイピングのところで、左ハンドルの車を用い、右座席に参加者用の模擬ステアリングやペダルを装着し、いわゆる「オズの魔法使い」手法を用いて評価されていました。どのような感覚になるのか是非、一度体験してみたいと感じた発表でした。

●「視覚障害者視点のウェブアクセシビリティ自動検証システム」
U’eyes Designの諸熊浩人氏による新しい検証システムの開発・提案に関する発表でした。これまでのウェブアクセシビリティ対応に関する課題を整理し、それらを改善したシステムになっていることを従来のツールと比較した形で解説いただきました。特に視覚障害者の立場からコンテクストによって影響度が異なる場合には、それを評価することの大切さを再認識しました。「読みにくい」<「代替えテキストがない」<「キーボード操作できない」を例に挙げて紹介されていましたが、WAVEという新しいシステムでは、優先度を設定できるということでした。

●「エクスペリエンスフィードバック評価法の提案」
千葉工業大学の安藤昌也先生による短時間のエピソード単位のUX評価を行う手法の提案でした。主観的な感情の変化を曲線で描く手法が注目されつつある中で、ユーザーと人工物とのインタラクション場面への適用に注目して検討されたとのことでした。被験者にタスクを与え、タスク実行中にビデオを撮影し、終了後にビデオを観察しながら、感情を評価する(曲線で描く)という流れです。前述した私の研究室の川合君の研究にそのまま使えそうなツールで是非、一度やってみたいと思いました。観点によって複数の曲線がありそうなので、1本の線で何をどの程度表せるのかという議論もあると思います。また質問への回答の中で先生ご自身もコメントされていましたが、インタビューなどとうまく組合せる必要性もあると思います。いずれにしても是非試してみたい手法のひとつでした。

●「カスタマージャーニーと認知ウォークスルーを融合したUXプロセス評価シートの提案」
博報堂アイ・スタジオの白石葵氏よりWebサイトに関するUX評価法の提案がありました。白石氏には昨年、日本人間工学会の第42回関東支部大会において、人間工学専門家セッションにて「Web制作現場でユーザビリティを考える」(注1)というタイトルでご発表いただき、社内でユーザビリティやUX推進に関して様々な試みをされていることは知っていたのですが、その具体的な提案に進化していることがわかりました。まだ本格的利用はこれからということでしたが、UXプロセスを視覚化することで、関係者との共有が確実に円滑になりますので、これからの成果や事例も期待できると思います。私の研究室の渡邉真伍君もエクスペリエンスマップの提案に関する研究(注2)に取り組んでおり、12月8日に別の学会にて発表しました。参考になることも多かったと思います。
注1)2012年度一般社団法人日本人間工学会関東支部第42回大会講演集 pp.20-21.
注2)2013年度一般社団法人日本人間工学会関東支部第42回大会第19回卒業研究発表会講演集 pp.70-71.


●ポスターセッション
ポスター発表は6演題で16時半~17時15分の45分間、ひとつの部屋にて行われましたのでとても混雑しており、発表者は話し続けで大変だったと思いますが、大勢の方からコメントをいただけてよい議論ができたと思います。6演題中3演題が私の研究室からの発表でしたので、その3件について少しだけご紹介します。

・「道に迷いやすい人のための地図アプリデザイン提案」若井なつみ氏(芝浦工業大学)
若井さんは道に迷いやすい人を救えるような地図アプリを研究しており、ペルソナをたてていろいろなHCDの手法を駆使してデザイン提案しています。
・「メンタルモデルとのギャップに着目したユーザビリティの定量化」梅澤幸太郎氏(芝浦工業大学)
梅澤君は、平沢先生がご発表された「利用品質メトリクスSIG」にフル参加しており、関連テーマにて研究しています。スマートフォンの乗換案内系アプリケーションを対象にして分析を行っています。
・「交通系電子マネー残額把握音の研究」髙橋遼氏(芝浦工業大学)
高橋君は、電子マネーの普及にともなってその使用額や残額を把握する必要性に着目し、音を用いてフィードバックする方法を研究しています。現在は音のピッチ(音の高さ)に着目し、実験を行なっています。この発表は研究奨励賞をいただきました。よい励みになったと思います。

さらに下記3件の発表もあり熱心にディスカッションされていました。私自身がきちんとお話を聞けませんでしたので、ここではタイトルだけの紹介とさせていただきます。
・「職場におけるオブザベーション・ワークショップ実施レポート」在家加奈子氏(富士通研究所)
・「動物への好悪がロボットセラピーのストレス軽減効果に及ぼす影響」櫻井麻衣氏(常磐大学)
・「マルチタッチインタフェイスのための動きのスケッチプロトタイピング」白澤洋一氏(hcdvalue)

●おわりに
こうやってまとめてみて企業でHCDやUXデザインを推進している方の発表が多いことがわかります。HCD-Netのとてもよいところだと思います。そのほとんどがどうやって活用するか、浸透させるかがテーマで、お互いの発表からきっと多くのヒントを得られたでしょう。最後に参加された方のとてもよい感想を述べているブログがありますので紹介させていただきます。
http://yorittty.tumblr.com/post/70187021874/hcd